カテゴリ:白桜史( 1 )

序章 1節

「姉さん、じゃあ行ってくるよ」
「行ってらっしゃい、優慈。気を付けて」

優慈と呼ばれた男は、静かに頷いた。




神苑帝国暦4年。
各地で続く内戦の中に桜井優慈はその身を置いていた。

帝国においては唯一神を崇拝し絶対とする掟があった。
優慈が暮らす叔父が営んでいた神社・・・すでに神社と言う呼び名ではなかったが。
その旧・桜井神社は山奥にひっそりと佇んでいた。

毎日山を降りるのが日課だった。
遠くに聞こえる爆発音にももう慣れたものだ。
山を降りるのは唯一人の妹に会いに行く為。。。

5年前の『神罰』で両親を失って以来、優慈は妹を護る事を生きがいとしていた。
あれはまだこの国が『日本』と呼ばれていた時代、
同じ毎日の繰り返しに優慈は退屈していた、何か真新しい事が
起こらないかと願ったものだ。
だがそれが起きた。
12歳の夏、妹と共に公園から見た光景はそれは凄惨だった。
一瞬の出来事だった。
空から幾千もの光刃が降り注ぎ、地上を焼き払った。
なんたらの予言がだとかいい惑う者もいたが、そんな事は優慈にとってどうでも良かった。
眩い光から我に帰ると急いで家の方へ走る、
家があった場所に家がない、それ以来両親に会う事はなかった。

妹の手をぎゅっと握り締めて立ち尽くした。
そして今の叔父の家に引き取られる事になる。
しばらくして妹は病を患い、父の知り合いの診療所に預ける事になった。
それ以来優慈は毎日、妹に会いに行く。
今日も同じだった。

いつどうなるかわからない情勢。
あの日の事を『神罰』と呼び出した。
まもなく帝国が築かれる。
神にそむきし力を得た人間へ神をないがしろにした人間への報いの光だと謳い
あの未曾有の力を目の当たりにした人々が帝国の思想に従う事は明白であった。
帝国はかつての法治が崩れたこの国を立てなおそうと謳い国力を高めていった。
その間にもかつての世界では考えがたい事が次々と起こり始めた。
一つは異形の生命体が出没し始めた事。
もう一つは人間の中に非科学的な能力を有する者が現れた事。

優慈もそのうちの一人だったが・・・

一般に『魔法』、『能力』などと呼ばれるが、その者達は帝国の兵として行使される。
異形の生命体:『Chaos Caller』と戦う為に。
だが帝国建国から数年、その思想から離脱し始める組織も生まれる。
帝国は『CC』及び『レジスタンス』との戦いを強いられていた。
一般人にもその影響は多大で、全国各地で抗争は激化するばかりであった。

そんな中でも優慈は変わらなかったただ毎日妹に会いに行く。
その後は幸い、にわかに育つ作物を作る自給自足の生活であった。
それでも優慈は何も変わらない。
あの惨劇を自分が『何か』を期待したからだと信じていた。
勿論そうではなかろう事も気づいていたが。
同じ毎日が繰り返す事、変わらない事が幸せだと思い始めていた。
もう何も欲しくはない、ただ何も失わない為にと。

最後の坂を駆けおり、見えてきたものは
相変わらずなんとかそこに立っているかのような建物が目的地。
がたついた戸を開くと中では見慣れた顔が出迎えてくれた。
「おう、おはよう」
「おはよ、じいさん。まだくたばっちゃいなかったか」
じいさんは苦笑して言った
「ばーろぅ俺がくたばっちまったら、誰が優唯ちゃんの面倒みるんだよ?」
優唯と言うのは優慈の妹の事だ、その言葉を聞き優慈は口を瞑る。
「はっはっは・・・気にするな。俺は趣味でやってるだけだからよう」
「じいさん・・・すまない。本当に感謝してる。これ、今日の分」
そう言うと優慈は多いとは言えない野菜を手渡した。
「おうおう、さんきゅーな俺は畑仕事は苦手でなぁ。まぁGive&Takeってやつだ。」
「ところでじいさん。優唯の容態は?」
「おう。相変わらずだな・・・たっく今の世が憎いぜ、昔の技術と設備が残っていればすぐに直してやれるんだが。。。」
「じいさんそれは言わない約束だ・・・」
優慈がそう言った後でじいさん・・・じいさん・・・武が続けた。
「昔を思うより、今できる事を考えよう。。。。だろ?」
「そういうこった。まぁ、何もできないわけなんだけどな・・・」
肩を落とす優慈を見て武は静かに言った。
「優慈、きっといつかこの戦争も終わる事になる。そーなりゃお国ももっと医療なんかにも力を回してくれるはずさ。そうなれば優唯ちゃんの病気なんてぱっぱとなおっちまうぜ。」
「そうなればいいんだけどな・・・」
優慈はそう言って笑ったが、ますます激化していく内戦の中で、どうにも考えにくい事であるのも事実だった。
「まぁおちこんじまっても仕方ねぇ。とっとと可愛い妹に顔だしてやんな。待ちくたびれてるぜ?」
「あ。。あぁそうだな。行ってくるよ」
二階建ての軋む階段を上がる。ただの家を診療所として使っているだけなのだが、それでも優慈にとっては信頼のおける場所だった。
二階にあがると、乱雑な字で書かれた札が見える。
・・・『桜井 優唯』
優慈がドアノブに手をかけると。。。
「・・・おにいちゃん?」
聞きなれた声に優慈は安堵する。
戸を開けるとそこにはベッドで体を起こす少女が待っていた。
「おう、ゆい。元気だったか?」
「ん・・・まぁまぁ・・・かな?」
優唯は今年で15になる。年齢の割に小さい体だった。
きっと病魔とまともな栄養が取れないせいだろうと武は言っていた。
「今日はおもしろい話を用意してきたぞ」
「それは楽しみだね」
しばし妹と歓談する。
「その話はおととい聞いたよ~」
「あれ?そうだったか?」
二人して笑う。
この時間がとてもいとおしく思えた。
優慈の本音はずっとここに居たいのだったが。
そういうわけにもいかない叔父の家の手伝いがある。
世話になった人に恩も返さず居座るわけにはいかないし自分と妹の食い扶持も得る必要があった。
だから二人はこの僅かに時間を極限まで大切にした。

だが、そんな日々もそう長くは続かなかったのだ・・・。
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by aya_popo | 2006-03-01 01:24 | 白桜史